東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)27号 判決
一 請求原因のうち、本願発明について、出願から審決の成立にいたるまでの特許庁における手続の経緯、特許請求の範囲の記載及び審決の理由に関する事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、本願明細書について、審決が四項目にわたり指摘する各記載(そのような記載のあることは原告も争わない。)が特許法第三六条第四項及び第五項の規定に違反するか否かについて検討する。
(一) 審決指摘の項目(一)及び(二)について
本願明細書、特に特許請求の範囲の項には、「分割体」に関して、「球体を、その中心線、または、それに沿つて切截し、その切截により二分された、または、され得べき分割体」及び「球を、その中心線、または、それに沿つて切截し、その切截線により二分された、または、され得べき分割体」との記載があるが、これらの記載の解釈上、本願発明における「分割体」が「すでに二分されたもの」と「二分される可能性のあるもの」の両者を包含していることは疑問の余地がなく、それによつて、本願明細書においては、「分割体」とは右両者を包含するものと解すべきであることが明らかである。
被告は、「分割体」を球体が二分されて別々になつた状態のものとのみ認識することが明らかであると主張するが、前説明に徴し、当業者が本願明細書の記載をそのように認識するおそれはなく、「分割体」に関する技術的解釈が区々になるということもできない。
したがつて、「分割体」に関する前掲各記載をもつて、前後において意味が相反し、技術事項を不明瞭にしているとする審決の判断は、「分割体」という字句の一面的抽象的解釈に拘泥して、本願明細書の文言を素直に理解することを怠つたものであつて、誤りというべきである。
次に、本願明細書においては、「半球体」に関して、「球体を、……分割体から、上記切截面に対し斜めに切断し、その形成された半球体」との記載及びその定義として「球体(S)を、中心線(X)線において、あるいは、これと平行する切截線(イ)をもつて切截し、これによつて球体(S)は二分され、あるいは、二分され得る状態となる。これから上方を本発明においては半球体という。」との記載があるところ、被告は、右定義中「これから上方を」とは、別紙図面第1図における中心線(X)または切截線(イ)から上方全部を指すと主張する。
確かに、「半球」という用語の通常の意味からすれば、そのように解されないではない。しかし、右定義には「これから上方を」とあるのみで、果して、その上方全部に限つて「半球体」と称するものかどうかは、その記載自体によつては明瞭とはいえないし、また、一般に、明細書に用いられる技術用語については、必ずしもその通常の意味のみに限定されるとはいうことができない。
そこで、成立に争いのない甲第二号証(本件特許出願の願書)によつて認められる本願明細書及び添付図面(別紙図面のもの、〔編註〕省略)の記載に照らして、本願発明における「半球体」の意義について考えると、審決が項目(一)に指摘する記載から末尾の「半球体」を除いたところの「球体を、その中心線、または、それに沿つて切截し、その切截により二分された、または、され得べき分割体から、上記切截面に対し斜めに切断し、その形成された」との部分は、球体を切截面によつて二分され、または、二分される可能性のある分割体について、その切截面に対して傾斜した他の切截面をもつてさらに切断することによつて形成されるものを意味しており、具体的には、明らかに、別紙図面第2図のような薄割り西瓜状のものを表現しているものであり(この点は、被告も認めている。)、また、それ以外の形状のもの、例えば、最初の切截によつて生じた分割体(それがいわゆる半球に相当する。)の如きものは本願発明において終局的な対象としている物件でないことも疑いないところである。そうだとすれば、前掲定義中の「これから上方を」とは、切截線から上方の全部のみならず、その一部をも指すものであつて、結局、本願明細書においては、球体を二分して形成されるいわゆる半球のほかに、その半球を傾斜した切截面により切断することによつて形成されるべき形状のものをも含めて、これらを広く「半球体」と指称していることが明らかである。そして、当業者が本願明細書及び図面を併せ読むかぎり、「半球体」の意義をそのように理解するについてはさほどの困難はないものというべきである。
したがつて、「球体を、………分割体から、上記切截面に対し斜めに切断し、その形成された半球体」との記載をもつて、前後において意味が相反し、技術事項を不明瞭にしているとする審決の判断は、これまた「半球体」という字句の解釈に拘泥したものであつて、誤りであるといわざるをえない。
(二) 同項目(三)について
審決は、「そして、この半球体上、中心線(X)の基端部(X1)と明らかに鋭角を形成し得る個所」との記載について、鋭角を形成するという意味が不明であるとする。
しかし、前出甲第二号証によれば、右記載は、明細書中発明の詳細な説明において図面第1図の説明としてなされたものであることが明らかであり、その図面に徴すると、右記載中「基端部(X1)と明らかに鋭角を形成し得る」とは、基端部(X1)において鋭角を形成すること、すなわち、基端部(X1)が鋭角の頂点となる意味に解することができる。このことは、右甲号証によつて認められる、本願明細書中の作用効果に関する「かくして得た拡散板(1)は振動樋搬送板の流れの方向に鋭角をなし」(第三頁第一五、第一六行)及び「拡散板(1)は移動物の移動の方向に鋭角に傾斜し」(第七頁第五、第六行)との記載によつても明らかに裏付けられるものである。
被告は、当業者によつては、鋭角の位置が中心線(X)の中央(または、切截線(イ)の中央)に形成されると解する旨主張するが、本願発明において、右位置に形成される角度が特に鋭角でなければならない根拠は全くないから、右のような解釈の生ずるおそれがあるとはいえない。
したがつて、前掲記載に関する審決の判断は誤りである。
(三) 同項目(四)について
審決は、本願明細書における「拡散板(1)の縦軸方向」との記載について、その方向が不明であるとし、前出甲第二号証によれば、本願明細書には「縦軸方向」について格別の定義はされていないことが認められる。
しかし、通常、図面において「縦軸」というときは、横軸に対して垂直な軸、すなわち、水平方向の軸に対して垂直な上下方向の軸を指すことは技術常識といつて差支えないから、これに基づいて別紙図面をみれば、拡散板の断面図であることが明白な第1図及び第3図ないし第5図において、「縦軸」とは各図の上下方向を指すものであることは明らかであり、特に、第1図には、これに相当する縦軸線が記入されているのである。
したがつて、縦軸方向が不明であるとする審決の判断は誤りである。
(四) むすび
以上のとおりであつて、上記四項目についてした審決の判断はいずれも誤つており、それに基づいて本願明細書の記載が特許法第三六条第四項及び第五項の要件を満たさないとした審決は違法であるから、取消を免れない。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容する。
〔編註〕 本件における特許請求の範囲は左のとおりである。
(一) 本文に詳記するように、合成樹脂製、金属製その他適宜資材製の球体を、その中心線、または、それに沿つて切截し、その切截により二分された、または、され得べき分割体から、上記切截面に対し斜めに切断し、その形成された半球体をそのまま、あるいは、その表面壁のみをもつてその傾斜角度及び高さを中央部を最大に、両端を最小にして、その間を漸減させた拡散板を得ることを特徴とする防振樋、搬送板等により移送する砕石、粉末、砂等の拡散板製造方法
(二) 本文に詳記するように、合成樹脂製、金属製その他適宜資材製の球を、その中心線、または、それに沿つて切截し、その切截線により二分された、または、され得べき分割体から、上記切截面に対し斜めに切断し、これを球体の表面壁のみに削減した基本形を形成して、その上縁及び下縁に平板を当接して彎曲させ、その上縁及び底縁から延長しているものがあればこれを除却して、傾斜角度及び高さを中央部を最大に、両端を最小にしてその間を漸減させた拡散板を形成し、その拡散板の上縁に沿い天板を定着し、または、しないことを特徴とする防振樋、搬送板等により移送する砕石、粉末、砂等の拡散板製造方法